ジャパンカップというと、私は不思議とタップダンスシチーの名前を思い出します。
ダービーよりも有馬記念よりも、このジャパンカップを勝ちたいと、佐々木調教師や佐藤哲三騎手がいつもおっしゃっていたからです。
タップダンスシチーが頭角を現したのは、2002年の有馬記念。
このときは人気薄で2着と頑張りましたが、その後ジャパンカップ、宝塚記念の2つのGIを優勝し、56回 有馬記念一躍スターホースの仲間入りを果たしました。
そして、ジャパンカップでは記録的な大差勝ちを収め、あのレースはこの馬の真の実力が示された瞬間でした。
このときにはシンボリクリスエスという、ひと足先にスターホースとしての道を歩んでいた名馬が圧倒的な人気を背負っていましたが、好スタートを決めるとさっとハナを奪い、そのままシンボリクリスエスを含む他の追随を一切許さず、まさに「圧逃」のジャパンカップでした。
このときは雨により相当水分を含んだ馬場で行われたジャパンカップでしたが、父プレザンとタップのパワーを受け継いだタップダンスシチーにとっては大きな後押しとなった道悪競馬でした。
ちなみに、このとき圧倒的1番人気であったシンボリクリスエスは、なんと、タップダンスシチーから約10馬身も遅れる3着という結果に終わりました。
それもそのはず、この年のジャパンカップは、当時のGIレコードとなる9馬身の差を、2着の菊花賞馬・ザッツザプレンティにつけていたのですから。
並はずれたスピードとケタ違いのパワーが最大の魅力であった名馬・タップダンスシチーは、現在では種牡馬を引退し、多くのファンに愛されながら、悠々自適の余生を送っているといいます。
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