1984年カツラギエース

しかしその後1984年カツラギエースが人気薄ながら日本勢で初の優勝を飾り、その翌年には日本馬が1・2着を独占し、創設当初こそ外国馬との力の差に開きがあったものの、その後は日本を代表する強豪馬と外国馬との互角の戦いが繰り広げられることになります。近年は日本馬のレベル向上で外国馬の勝利回数も減ってきており、2000年以降1着から5着までを日本馬が独占した年が4回もあったほどです。しかし、もともと日本の馬場は速い時計の出る固い芝の高速馬上となっており、海外の深い芝に慣れた馬達はそれに適応することが東京大賞典出来ず負けることも多いため出走を控える陣営が多いというのが実際の現状でもあります。また、近年種馬としての種牡馬ビジネスが盛んな欧米などでは3歳時で実績が秀でている場合は早めに現役引退をし種馬としての価値を上げる事の方を重要視する陣営も多くなっており、慣れない土地への遠征で疲れさせ、そのためにフェブラリーS 2012惨敗して種牡馬としての価値に傷を付けたくないという意味でジャパンカップを回避する陣営も多いのです。

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